狭野神社ー媛の命を受ける

山ひとつ越えるように、戻っていきます。向かう所は、狭野神社です。
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朝のうち、あんなに晴れていた空が、山が近いと変わり目も早いです、見る見る曇っていき、ひたすら戻る間にぽつぽつ降り始めます。
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そう。霧島岑神社だけ、道成りじゃないし、少し、20kmぐらいだったか、離れてるんです。まだ、戻り道だから気が楽。こういうとき、取り回しが楽な軽、ていいですね。タクシーやバスなんてとても使うことできません。
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散々迷った分かれ道からすぐの神社、裏の駐車場に着きます。ちょっと出られそうも無い感じだったけど、正面の駐車場に移動した頃、小止みになってきました。当たり前に問題なく着いて、これが普通だよな、と傘差しながら思います。あれ、薄日が差してきました。
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この参道は、皇子原神社まで続いていて直線参道では日本一の長さ、だそうです。杉の並木道。これが普通と思っていましたが、あくまでも、地域の植生によるんですね。でも、神秘性は、先の霧島岑神社の方。杉の並木は人為的な継続性、を感じます。神武天皇のお社だから、でしょうか。伊勢がそうだったから、いや、狭野の地が、霧島山の影響が強く、浄化の経験の深さが違うからなんでしょうか。そう、何度も、ご神体を東霧島神社に300年、霧島岑神社の別当院に数年、ついこの前の2011年にも、新燃岳の噴火に伴い、霧島岑神社に避難されたりしておられるのです。(神社略記より)
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結界としての、澄んだ流れと、異界へ渡る橋。
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聖なる地への門。覗くと雨上がりの清らかな聖地が拡がっています。
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振り返って、門を写します。傘差しながらなので、ちょっとぶれてます。
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手水舎で清めます。なぜか撮ってます。
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手水舎から見た拝殿。まだぶれてますね、ちょっと気持ち入れ替えしないと。
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本殿です。神武天皇様、のイメージは固く、強い武の神、のイメージでしたが、本殿では、もう少し軟らかい、というか、柔軟な懐の広さと強さを感じます。ご挨拶させていただき、大祓えを詠ませていただきました。
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御朱印を頂きました。
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御神木。
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摂社参りです。小作りだけど、新しく賽銭所を作っているお社がありました。
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神社の敷地より一段高いところに、霧島山に向かって、敷地から一角外に切り出した区画を設けて、明らかに、大切に祀られているお社です。そして、本殿を守護するために、そのお力を頼みにされているお社です。
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水神社。ご祭神の筆頭は、罔象女神ーみずはのめのかみー、つまり、瀬織津媛、水と祓いの女神様。霧島山の火の荒御魂を水と祓えで慰めて守護する力の象徴なんだろうなあ、と思えます。並びに大山祇神、大山昨神もいらっしゃって皆で結束して守る、の気に溢れています。素敵なお社だなあ、とお参り致しました。

 と、

すると、

 お社の後ろの杉のはるか上のほうから、光が落ちてきた様な感じとともに、

 透明な暖かい光が、脳から脊髄、仙骨にかけて、溢れるほどに注がれてきているような感覚がありました。

そして、
 
  お伝えします。

  媛の縁の社で、深く契りを、結びなさい。

と、いわれたような気がしました。


  こうしなさい、という命令形の話は、聞いたような気がしたことは、ありません。もし、そうなら、それは、000の言葉かも。
  こうしたらどうか、とか、こうするぞ、とか、はありましたが。
  これをつかわす、というのはありましたが。そうか、賜りもの、なのか。

そこで、ありがたくお受けし、エネルギーの周回をさせていただきました。

杉の樹が白熱して白々となってきたような気がしたり、御分霊様と強く契りを結ぶことができたような気がしました。

初めての想像なので、初めてのイメージを持ちました。御分霊様に、初めてのイメージをお付けさせていただきました。
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ありがたい。本当に感謝です。さあ、次は、今日最後の神社、霧島東神社です。

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